サイクル理論とは:「次に何が起きるか」ではなく「今どこにいるか」を知る
チャートを見ていて、こんな疑問を持ったことはないだろうか。「今のこの上昇は、トレンドの序盤なのか?それとも終盤で、そろそろ反転するのか?」
ほとんどのテクニカル指標は「今の方向」を教えてくれる。移動平均線は「上向き」か「下向き」か、RSIは「買われすぎ」か「売られすぎ」か。しかし、「今がサイクル全体のどの地点にいるのか」——つまり「始まったばかり」なのか「終わりかけ」なのか——は教えてくれない。
サイクル理論は、この「現在地」を把握するためのフレームワークだ。相場は直線的に動くのではなく、上昇と下降を繰り返す波(サイクル)として動く。そしてこの波には、ある程度の規則性がある。完全に予測可能ではないが、「蓄積→上昇→分配→下落」のパターンは歴史的に何度も繰り返されてきた。
サイクル理論を理解すると、他のテクニカル指標の使い方が変わる。RSIが70を超えた時、サイクルの上昇初期なら「まだ伸びる可能性が高い」し、上昇末期なら「反転が近い」。ボリンジャーバンドのスクイーズがサイクルの蓄積期に起きているのか、分配期に起きているのかで、ブレイクの方向の見込みが変わる。サイクル理論は他の全てのテクニカル分析に「文脈」を与えるメタフレームワークと言ってよい。
相場サイクルの4フェーズ(ワイコフモデル)
1920年代にRichard Wyckoffが体系化した4フェーズモデルは、サイクル理論の中で最も実用的で、現在でもプロのトレーダーに広く使われている。
フェーズ①:蓄積(Accumulation)
何が起きているか: 前回の下落が終わり、価格が底値圏で横ばいになる。チャート上ではレンジ相場に見える。しかし水面下では、機関投資家(Wyckoffが「コンポジット・マン」と呼ぶ存在)が安値で静かに買い集めている。
チャート上の特徴:
- 価格がサポートとレジスタンスの間を行き来する(レンジ)
- 出来高がサポート付近で増加する傾向(買い集めの痕跡)
- RSIが30〜50の範囲で推移(売られすぎから回復途上)
- ボリンジャーバンドが収縮する(ボラティリティ低下=スクイーズ)
- A/Dラインが上昇傾向を示す(価格は横ばいだが内部的に買いが優勢)
トレーダーの行動: まだ明確なトレンドがないため、多くのトレーダーはこの段階を見逃す。ここでポジションを取るのは難しいが、「蓄積期にいる」と認識できるだけで、次の上昇フェーズへの準備ができる。
Wyckoff固有のイベント:「スプリング」。 蓄積フェーズの終盤で、価格がサポートを一時的に割り込む「ダマシの下抜け」。これは機関投資家が最後の安値で買い集めるための仕掛けであり、スプリング後に急反発して上昇フェーズに移行することが多い。
フェーズ②:上昇(Markup)
何が起きているか: 蓄積が完了し、価格がレンジを上にブレイクする。上昇トレンドの本体。メディアの注目が集まり、個人トレーダーも参入し始める。
チャート上の特徴:
- 高値と安値が切り上がる(ダウ理論の上昇トレンド定義)
- 移動平均線が上向きに揃い、ゴールデンクロスが発生
- RSIが50〜70の範囲で推移(モメンタムが強い)
- ボリンジャーバンドが拡大し、価格がアッパーバンドに沿って「バンドウォーク」
- 出来高が上昇時に増加、押し目で減少
トレーダーの行動: 順張り(トレンドフォロー)が最も効果的なフェーズ。押し目買いが基本戦略。移動平均線やフィボナッチ・リトレースメントの水準で買いを入れる。
フェーズ③:分配(Distribution)
何が起きているか: 上昇が止まり、価格が高値圏で横ばいになる。蓄積の鏡像。機関投資家が利益確定のために静かに売り抜けている。
チャート上の特徴:
- 価格が高値圏でレンジを形成(蓄積と形が似ているが位置が高い)
- 出来高がレジスタンス付近で増加(売りの痕跡)
- RSIに弱気ダイバージェンスが発生(価格は高値を維持しているがモメンタムが低下)
- A/Dラインが下降傾向を示す(価格は横ばいだが内部的に売りが優勢)
- ボリンジャーバンドが再び収縮に向かう
トレーダーの行動: 買いポジションの利確を検討する時期。新規の買いは控え、分配が確認されたら売りの準備に入る。
Wyckoff固有のイベント:「アップスラスト」。 分配フェーズの終盤で、価格がレジスタンスを一時的に上抜ける「ダマシの上抜け」。スプリングの逆版。上抜け後に急落して下落フェーズに移行する。
フェーズ④:下落(Markdown)
何が起きているか: 分配が完了し、価格がレンジを下にブレイクする。下降トレンドの本体。悲観的なニュースが増え、遅れて参入した個人トレーダーが損切りに追われる。
チャート上の特徴:
- 高値と安値が切り下がる
- 移動平均線が下向きに揃い、デッドクロスが発生
- RSIが30〜50の範囲で推移
- ボリンジャーバンドが拡大し、ロワーバンドに沿ったバンドウォーク
- 出来高が下落時に増加
トレーダーの行動: 売り(ショート)が基本。FXでは売りからも入れるため、このフェーズも利益機会。戻り売りが基本戦略。下落が進み出来高が急増した後にボラティリティが低下し始めたら、再び蓄積フェーズに移行する兆候。
経済サイクルの階層:4つのサイクルが入れ子になっている
相場サイクルの背後には、より大きなスケールの経済サイクルが存在する。経済学者シュンペーターは、4つの経済サイクルが同時に重なり合って動いていると主張した。
キッチン・サイクル(3〜5年): 在庫循環。企業が在庫を積み増し→過剰→削減→再積み増しの繰り返し。FXでは短期〜中期のトレンド反転に影響する最も身近なサイクル。
ジュグラー・サイクル(7〜11年): 設備投資循環。企業の設備投資の拡大→回収→縮小→再拡大。金利政策と密接に連動し、FXの中期的なトレンドの背景になることが多い。中央銀行の利上げ/利下げサイクルとほぼ同じ周期であるため、FXトレーダーにとって最も重要な経済サイクル。
クズネッツ・サイクル(15〜25年): 建設・不動産投資循環。人口動態と住宅市場の周期。FXへの直接的な影響は小さいが、不動産バブルの形成と崩壊を通じて間接的に通貨に影響する(例:2008年のサブプライム危機)。
コンドラチェフ・サイクル(45〜60年): 技術革新の超長期波動。蒸気機関→鉄道→電力→自動車→IT→AI…といった技術革命の波。FXの日常的なトレードには直接使えないが、「今がコンドラチェフ波動のどの局面にいるか」を知ることで、10年単位の通貨のマクロトレンド(ドル覇権の変遷等)を理解する背景知識になる。
なぜこの階層が重要か: シュンペーターは1929年の大恐慌を「キッチン、ジュグラー、クズネッツの3つのサイクルの谷が同時に重なった」と説明した。複数のサイクルの谷が重なると、下落は通常より深くなる。 逆に、複数のサイクルの山が重なると、上昇は通常より強くなる。この「サイクルの重なり」の概念は、次のハーストの理論に直結する。
ハーストのサイクル分析:「入れ子」の原理
1970年代にアメリカのエンジニアJ.M.ハーストが提唱した理論で、サイクル分析を最も体系的に定式化したもの。ハーストの核心的な主張は「価格の動きは、長さの異なる複数のサイクルが重なり合った結果である」ということ。
ハーストの3つの核心原理
加算の原理(Principle of Summation): チャートに表示される実際の価格は、短期サイクル+中期サイクル+長期サイクル+…の合計。1つのサイクルだけを見ても全体像は分からない。
調和の原理(Principle of Harmonicity): 隣接するサイクルの長さは約2:1の比率になる。例えば、40日サイクルの次に短いサイクルは約20日、その次は約10日。この比率は完全に固定ではないが、目安として有効。
同期の原理(Principle of Synchronicity): 異なる長さのサイクルの谷は、できるだけ同時に発生しようとする。長期サイクルの谷と短期サイクルの谷が重なる瞬間が、最も大きな反転ポイントになる。
ハースト理論のFXへの適用
ハーストの調和の原理を使うと、例えばEUR/USDの日足で以下のような入れ子サイクルを想定できる。
- 約80日サイクル(中期)
- 約40日サイクル(短中期):80日の半分
- 約20日サイクル(短期):40日の半分
- 約10日サイクル(超短期):20日の半分
80日サイクルが上昇局面にある時、40日サイクルの「谷」は押し目買いのポイントになる。逆に80日サイクルが下降局面に入ると、40日サイクルの「山」が戻り売りのポイントになる。上位サイクルの方向が、下位サイクルの取るべき方向を決める——これはマルチタイムフレーム分析の原理そのもの。
TradingViewでは「Hurst Cycle Channel Clone(HCCC)」インジケーターが利用可能で、異なる長さのサイクルチャネルを重ねて表示し、ハースト流の入れ子分析を視覚的に行える。
FXにおけるサイクル理論の特殊性
サイクル理論は元々株式市場と経済分析のために発展したため、FXに適用する際にはいくつかの調整が必要になる。
特殊性①:FXには「絶対的な底値」がない。 株式には倒産(=ゼロ)という下限があるが、通貨ペアにはない。EUR/USDが0.5になる可能性も2.0になる可能性もある。このため、サイクルの「蓄積」や「底打ち」の判断が株式より難しい。サイクルのフェーズ判定には、絶対値ではなく相対的なモメンタムとレンジの特徴で判断する必要がある。
特殊性②:中央銀行の政策サイクルが最大の駆動力。 FXのサイクルは、経済の自然なリズムよりも中央銀行の金融政策(利上げ/利下げサイクル)に強く支配される。FRBが利上げサイクルに入るとドルが強くなり、利下げサイクルに入るとドルが弱くなる。この政策サイクルはジュグラー・サイクル(7〜11年)とほぼ同期する。FXのサイクル分析では、テクニカルチャートと同時に中央銀行の政策スタンスの変化を追跡することが不可欠。
特殊性③:サイクルが比較的短い。 FXの主要な通貨ペアは流動性が極めて高いため、株式市場に比べてサイクルの回転が速い。蓄積→上昇→分配→下落の1サイクルが数週間〜数ヶ月で完了することが多い。スイングトレーダーにとっては、このサイクル速度がちょうど良い。
特殊性④:通貨ペアは「相対的」な取引。 EUR/USDが上昇するのは「ユーロが強い」「ドルが弱い」またはその両方。片方の通貨のサイクルだけを見ても不十分で、ペアの両方の通貨の状態を考慮する必要がある。
サイクルのフェーズを識別する実践フロー(5ステップ)
- 移動平均線の傾きと位置関係でマクロの方向を判断する。 20SMAと50SMAの傾きと価格との位置関係を確認。両方が上向きで価格が上にあれば上昇フェーズ、横ばいで価格が間を行き来していれば蓄積/分配フェーズ。
- 「蓄積か分配か」を価格の位置で区別する。 横ばいレンジが前回の下落の後に出現→蓄積の可能性。前回の上昇の後に出現→分配の可能性。レンジの「位置」がフェーズを区別する鍵。
- A/DラインまたはOBVで「水面下の売買」を確認する。 価格が横ばいなのにA/Dラインが上昇→蓄積(買い集め中)。価格が横ばいなのにA/Dラインが下降→分配(売り抜け中)。この確認が蓄積/分配の区別を確定させる。A/Dラインの使い方で詳しく解説。
- ボリンジャーバンドのスクイーズでフェーズ転換の準備を検出する。 蓄積・分配フェーズではバンドが収縮(スクイーズ)する。スクイーズの後にブレイクアウトが起きれば、上昇または下落フェーズへの移行。ボリンジャーバンドのスクイーズを参照。
- RSIのダイバージェンスで「フェーズの終了」を察知する。 上昇フェーズの末期にRSIの弱気ダイバージェンスが出たら分配フェーズへの移行が近い。下落フェーズの末期にRSIの強気ダイバージェンスが出たら蓄積フェーズへの移行が近い。RSIのダイバージェンス手法を参照。
- チャネルラインで「フェーズの傾き」を可視化する。 上昇チャネル内での推移は上昇フェーズ、チャネル下限のブレイクは分配フェーズへの移行シグナル。フェーズの境界を視覚的に把握できるため、サイクル分析の精度が上がる。チャネルラインの引き方|MT4の5ツール完全ガイドを参照。
まずはデモ環境で練習しよう。「FXデモトレード(無料・口座開設不要)」で実際のチャートに移動平均線・ボリンジャーバンド・RSIを表示し、4フェーズの識別を繰り返すことでサイクルの「目」が養われる。損切りの設定は「損切りルールの作り方」を参照。
サイクル理論の注意点
注意点①:サイクルは「目安」であり「時計」ではない。 過去のサイクルが40日だったからといって、次も40日になるとは限らない。サイクルの長さは伸縮する。経済イベント(FOMC、雇用統計)や地政学リスクがサイクルを短縮・延長することがある。サイクルの周期は「±20%程度の幅」を持つものとして扱う。
注意点②:「今どのフェーズにいるか」は事後的に確定する。 リアルタイムでは蓄積フェーズと分配フェーズの区別は難しい(どちらもレンジに見える)。A/Dラインや出来高で手がかりを得ても、確定するのはブレイクアウトが起きた後であることが多い。このため、サイクル理論は「予測」より「準備」のツールとして使うのが現実的。「蓄積かもしれない」と認識しておけば、ブレイクアウトが起きた時に即座に反応できる。
注意点③:FXではティックボリュームの限界がある。 Wyckoffモデルは出来高の分析が核心だが、FXのティックボリュームは実際の取引量ではなく価格変動の頻度。大まかな傾向は読み取れるが、株式ほど正確ではない。A/Dラインの記事で解説した「FXではメジャーペアに限定し、方向性に注目する」アプローチが有効。
注意点④:複数のサイクルが同時に存在する。 ハーストの加算原理が示すように、短期・中期・長期のサイクルが常に重なっている。短期サイクルが上昇していても、中期サイクルが下降局面にいれば、上昇は限定的。常に「上位サイクルの方向」を確認してから下位サイクルのシグナルに従うのが基本原則。これは「日足でトレンドを確認し、H4でエントリーする」というマルチタイムフレーム分析と同じ発想。
注意点⑤:サイクル理論だけでトレードしない。 サイクル理論は「文脈」を提供するフレームワークであり、具体的なエントリー・損切り・利確のルールは他のテクニカルツールが担う。RSIでモメンタムを、ボリンジャーバンドでボラティリティを、一目均衡表でトレンドとサポレジを確認し、その上で「今はサイクルのどのフェーズか」という文脈をかぶせるのが最も効果的な使い方。
よくある質問(FAQ)
Q. サイクル理論とは何ですか?
サイクル理論とは、相場(価格)が一定のパターンで上昇と下降を繰り返すという考え方です。最も基本的なモデルでは、相場は「蓄積(Accumulation)→上昇(Markup)→分配(Distribution)→下落(Markdown)」の4フェーズを循環します。これは個人投資家と機関投資家の行動パターンが繰り返されることに起因します。
Q. FXでサイクル理論は使えますか?
使えますが、株式市場とは異なる特性があります。FXは通貨ペアで取引するため「絶対的な底・天井」がなく、サイクルの長さも比較的短い(数週間〜数ヶ月)傾向があります。また、金利政策や経済指標の影響が大きいため、サイクルの中に中央銀行の政策サイクル(緩和→引き締め)が重なる点が特徴です。
Q. ワイコフの4フェーズとは?
1920年代にRichard Wyckoffが提唱した市場サイクルモデルです。①蓄積(Accumulation):下落後に機関投資家が安値で静かに買い集める横ばい期、②上昇(Markup):レンジを上にブレイクし価格が上昇するトレンド期、③分配(Distribution):高値圏で機関投資家が売り抜けるもう一つの横ばい期、④下落(Markdown):レンジを下にブレイクし価格が下落するトレンド期、の4フェーズです。
Q. ハースト(Hurst)のサイクル分析とは?
1970年代にJ.M.ハーストが提唱したサイクル分析手法で、価格の動きは長さの異なる複数のサイクルが入れ子状に重なり合った結果であるという理論です。「加算の原理」(実際の価格=複数サイクルの合計)と「調和の原理」(隣接するサイクルの長さは約2:1の比率)が核心です。
Q. サイクル理論で使えるインジケーターは?
RSI(フェーズ識別)、MACD(ダイバージェンスで転換検出)、ボリンジャーバンド(スクイーズ=蓄積/分配の識別)、出来高(A/Dライン等でスマートマネーの動き検出)、移動平均線のクロス(フェーズ転換の確認)が主なツールです。単一のサイクル専用インジケーターよりも、複数の汎用インジケーターを組み合わせる方が実用的です。