為替介入とは——FXトレーダーが知るべき仕組み・全7回の実績データ・5つの防衛策

2022年9月22日17時過ぎ、USD/JPYは突如として約500pips急落した。145円台後半から140円台前半へ、わずか数分の出来事だった。

原因は、日本政府・日銀による24年ぶりの円買い為替介入。その後2024年7月までに合計7回・総額約24.5兆円もの介入が行われた。

FXトレーダーにとって為替介入は「数分で口座が吹き飛ぶ」リスクであると同時に、正しく理解すれば「大きなチャンスにもなり得る」ファンダメンタルズイベントだ。本記事では、為替介入の仕組みから実績データ、そしてトレーダーが取るべき具体的な防衛策までを解説する。


為替介入の仕組み——「誰が決めて、誰がやるのか」の三層構造

為替介入の仕組みは意外と知られていない。実は「決定する機関」と「実行する機関」と「資金の出所」がすべて異なる。

第1層:決定——財務大臣

為替介入は財務大臣の権限において実施される。法的根拠は外国為替及び外国貿易法第7条第3項(「財務大臣は、対外支払手段の売買等所要の措置を講ずることにより、本邦通貨の外国為替相場の安定に努めるものとする」)。「日銀が介入を決定する」という誤解は多いが、正確には財務省の判断だ。

第2層:実行——日本銀行(金融市場局為替課)

日本銀行は財務大臣の代理人として介入を実行する。具体的には、日銀の金融市場局為替課(日銀為替課)が、財務省国際局為替市場課からの指示を受けて民間銀行との為替取引を行う。日銀は毎日、為替市場の情報を財務省に報告しており、介入判断に必要な市場データの提供も担っている。

第3層:資金——外国為替資金特別会計(外為特会)

介入資金は財務省所管の外為特会から拠出される。

ドル売り・円買い介入の場合: 外為特会が保有するドル建て資産(米国債等)を売却し、そのドルを民間銀行に売って円を買う。これにより市場でドル安・円高圧力が生まれる。

円売り・ドル買い介入の場合: 国庫短期証券(FB)を発行して円資金を調達し、その円を民間銀行に売ってドルを買う。

日本の外貨準備高は約1.2兆ドル(2022年8月末時点)。ただし2022年9月の介入後には外貨準備が約540億ドル減少しており、そのうち証券(主に米国債)が515億ドル減少していた。介入は「無限に可能」ではなく、外貨準備の流動性に依存する。


2022-2024年 為替介入の全記録——4フェーズ・7回・24.5兆円

国際通貨研究所(IIMA)の分析に基づき、2022年から2024年の介入を4つのフェーズに分類する。

フェーズ①:2022年9月22日(公表介入)

項目 内容
介入日 2022年9月22日(木)
介入額 2.8兆円
USD/JPYレート 145円台後半→140円台前半(約500pips急落)
種類 公表介入(神田財務官が当日記者会見)
背景 日銀金融政策決定会合で緩和維持確認→円安加速。1998年以来の円安水準が視野
その後 約3週間で145円台を再突破。介入効果は一時的

フェーズ②:2022年10月21日・24日(覆面介入)

項目 内容
介入日 2022年10月21日(金)深夜、10月24日(月)
介入額 5.6兆円(2日合計)
USD/JPYレート 150円台→146円台、最終的に151.90台をピークに反落
種類 覆面介入(介入の有無について「ノーコメント」)
背景 FRBの利上げ幅縮小観測が台頭。ドル高の潮目変化
その後 151.90台をピークにドル円は反転下落。トレンド転換に成功

フェーズ③:2024年4月29日・5月1日(覆面介入)

項目 内容
介入日 2024年4月29日(月・祝日)、5月1日(水)
USD/JPYレート 160円台突破→154円台(約600pips急落)
種類 覆面介入(神田財務官「ノーコメント」+微笑み)
背景 日銀が金融政策変更を見送り→円安加速。160円が市場の心理的節目
その後 2ヶ月弱、介入前の水準(159.60付近)を上抜けず。上値抑制効果あり

フェーズ④:2024年7月11日・12日(覆面介入)

項目 内容
介入日 2024年7月11日(木)、12日(金)
介入額 5.5兆円(2日合計)
USD/JPYレート 161円台→157円台
種類 覆面介入
背景 FRBの利下げ開始間近。ドル安の転換点が接近
その後 7月末の日銀利上げと相まってドル円は急落。トレンド転換を支援

全体像

フェーズ 日数 合計介入額 トレンド転換
① 2022/9/22 1日 約2.8兆円 ✕(一時的効果のみ)
② 2022/10/21-24 2日 約5.6兆円 ○(FRB利上げ縮小と連動)
③ 2024/4/29-5/1 2日 約10.6兆円 △(上値抑制効果)
④ 2024/7/11-12 2日 約5.5兆円 ○(日銀利上げと連動)
合計 7日 約24.5兆円

公表介入 vs 覆面介入——「見せる介入」と「見せない介入」

7回のうち公表介入はフェーズ①の1回のみ。残り6回は全て覆面介入だった。

公表介入の特徴

  • 介入当日に財務大臣/財務官が記者会見を開催
  • 市場に「政府は本気だ」というメッセージを明確に送る
  • 市場参加者が即座に認識→介入方向のポジション構築が加速
  • 反面、「介入はここで終わり」と見透かされる可能性がある

覆面介入の特徴

  • 介入の有無について「ノーコメント」
  • 統計で公表されるまで正確な介入日・金額は不明(月次で1ヶ月後、日次で3〜4ヶ月後)
  • 市場の不確実性を最大化する

覆面介入の3つの戦略的意図

①心理的トラウマの形成: 「いつまた来るか分からない」という恐怖が、介入がない日でも円売りに慎重にさせる。これは「見えない介入効果」と呼ばれる。

②コストパフォーマンスの最大化: 流動性が低い時間帯(日本の祝日、金曜深夜のNY市場等)を意図的に選ぶことで、少ない資金で価格を大きく動かせる。2024年4月29日(昭和の日)や2022年10月21日(金曜深夜)がまさにこの例だ。

③波状攻撃の布石: 2営業日連続や翌々営業日に再び介入する「波状攻撃」で、1回目の介入後の押し目買い勢を2回目で粉砕する。介入は「点」ではなく「線」の戦いだ。


なぜ介入だけではトレンドを変えられないのか——不可能の三位一体

為替介入の限界を理解するには、国際金融の根本原理を知る必要がある。

インポッシブル・トリニティ(不可能の三位一体)

マンデル=フレミング・モデルが示す原理:

  1. 自由な資本移動
  2. 独立した金融政策(金利を自国の判断で決定)
  3. 安定した為替レート

この3つを同時に達成することは不可能であり、どの国も2つしか選べない。

日本は①自由な資本移動と②独立した金融政策を選択している。つまり③安定した為替レートは構造的に放棄せざるを得ない。為替介入は③を「一時的に」確保しようとする緊急措置にすぎない。

だからこそ、介入単独ではトレンドを転換できない。 フェーズ①(2022年9月22日)が好例だ。2.8兆円を投入しても、日米金利差というファンダメンタルズが変わらない限り、ドル高・円安トレンドは止まらなかった。

一方、フェーズ②(2022年10月)とフェーズ④(2024年7月)が成功したのは、FRBの利上げ縮小観測やFRBの利下げ開始というファンダメンタルズの変化と介入のタイミングが合致したからだ。


介入の効果検証——3つの機関の評価

ニッセイ基礎研究所の評価

「各介入の後には全てのケースで投機筋の円売りが縮小し、多くのケースで円安の進行ペースが鈍った。巧みな介入運営によって一定程度円安の進行を抑制し、ドル安圧力が高まるまでの時間を稼いだという評価は可能。」

国際通貨研究所(IIMA)の評価

フェーズ②と④において市場のトレンド転換を支援。特に「連続覆面介入で一気に相場の流れを作り出そうとした」介入は効果的だった。

米国外交問題評議会(CFR)の評価

ブラッド・セッツァー氏は2024年の日本の介入を効果的と評価し、「介入の一般的な無効性についての理論はアップデートされる必要がある」と論じた。

総括

為替介入は「トレンドを変える」のではなく「時間を稼ぐ」手段。ファンダメンタルズの変化(金利差縮小、金融政策の修正)と連動した時にのみ、トレンド転換の「触媒」として機能する。


介入予兆シグナル——5段階の警戒レベル

FXトレーダーが為替介入を事前に察知するための指標を、過去の発言パターンから5段階に整理する。

レベル 発言内容 警戒度
Lv.1 「為替動向を注視している」 ★☆☆☆☆
Lv.2 「過度な変動は望ましくない ★★☆☆☆
Lv.3 あらゆる手段を排除しない」 ★★★☆☆
Lv.4 断固たる措置を取る用意がある」 ★★★★☆
Lv.5 介入有無に「ノーコメント」+覆面介入の兆候 ★★★★★

Lv.3以上が出たら即座にポジションサイズを半減すべきだ。

2024年4月の介入前には、鈴木財務大臣の「悪い円安」発言(Lv.2相当)から始まり、神田財務官の「断固たる措置」発言(Lv.4)を経て、4月29日の実際の介入に至った。発言のエスカレーションパターンは比較的明確だ。


FXトレーダーの5つの防衛策

為替介入は「数分で500pips以上動く」極端なイベントだ。通常のテクニカル分析が通用しない。以下の5つの防衛策で資金を守る。

防衛策①:ポジションサイズを通常の半分以下にする

介入警戒レベルがLv.3以上の局面では、ポジションサイズを通常の半分以下に縮小する。500pipsの逆行を受けても致命的にならない水準にする。ギャン理論のルール3「資金の10分の1以上をリスクにさらすな」を厳格に適用。

防衛策②:逆指値(SL)を必ず設定する

「介入が来たら手動で損切りしよう」は危険。介入は数秒で価格が飛ぶため、手動対応は間に合わない。損切りルールに従い、エントリー時点で必ず逆指値注文を入れておく。ただし、介入時はスリッページ(注文価格と約定価格のズレ)が発生する可能性が高い点に注意。

防衛策③:レバレッジを通常の半分以下にする

介入警戒時はレバレッジを下げる。通常レバレッジ10倍なら5倍以下に。500pipsの逆行×レバレッジ25倍は、口座資金によっては一発ロスカットだ。

防衛策④:財務省・日銀高官の発言を監視する

上記の5段階警戒レベルを常に意識し、Lv.3以上の発言が出た時点でリスク軽減態勢に入る。経済指標カレンダーだけでなく、財務官・財務大臣の記者会見スケジュールも把握しておく。

防衛策⑤:過去の介入実績ライン付近ではポジションを持たない

過去の介入実績から「当局が意識している水準」を推定できる。2022年の介入ラインは145円→150円。2024年は160円付近。これらの水準に接近した場合、新規ポジションのエントリーは控える。


介入時の心理的罠——プロスペクト理論との接続

為替介入で最も危険なのは「テクニカル的に機能しない急変動」だけではない。介入時にトレーダーの脳が引き起こす認知バイアスがさらに被害を拡大させる。

シナリオ: USD/JPYのロング(買い)を保有中に、介入で500pips急落。

  1. 損失回避性(プロスペクト理論): 「まだ確定していない。介入効果は一時的だから戻るはず」→損切りできない
  2. サンクコスト効果 「ここまで含み損に耐えたのだから、今さら切れない」→ホールド継続
  3. ナンピン衝動: 「こんなに下がったなら、追加で買えば平均取得価格が下がる」→被害拡大

フェーズ①(2022年9月22日)の後、介入効果は一時的で再び145円台を超えた。この事実が「次も戻る」という過信を生み、フェーズ②(10月21日)で同じポジションを維持したまま追加損失を被るトレーダーが続出した。

対策は機械的ルール: 介入による急変動が発生した場合、リターンムーブ(戻り)を期待せず、即座にポジションを決済する。「介入後に戻るかどうか」は予測不能であり、ゼロベースで判断すべきだ。


まとめ

為替介入は、FX市場で最もインパクトの大きいファンダメンタルズイベントの一つだ。

仕組みの核心:

  • 決定=財務大臣、実行=日銀、資金=外為特会の三層構造
  • 公表スケジュール: 月次(1ヶ月後)、日次(3〜4ヶ月後)
  • 覆面介入が主流(7回中6回)

2022-2024年の教訓:

  • 4フェーズ・7回・24.5兆円の介入が実施
  • 介入単独ではトレンド転換は不可能(インポッシブル・トリニティ)
  • ファンダメンタルズ変化と連動した時のみ、トレンド転換の触媒として機能
  • 覆面介入の「心理的トラウマ形成」効果は実際に円売りを抑制

トレーダーの行動指針:

  • 5段階警戒レベルでLv.3以上なら即座にリスク軽減
  • ポジションサイズ半減、レバレッジ半減、SL必須
  • 過去の介入実績ラインを「立入禁止区域」として認識
  • 介入急変動時はプロスペクト理論の罠に陥らず、機械的に決済

最も重要な原則: 為替介入は「予測するもの」ではなく「備えるもの」だ。介入がいつ来るかを当てようとするのではなく、介入が来ても口座が生き残れる設計にしておくこと。これがFXで長期的に生き残るための最も合理的な戦略だ。

まずはデモトレードで、過去の介入日のチャートを確認し、「もし自分がポジションを持っていたら」をシミュレーションしてみてほしい。