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ドル円を150.00で1ロット買った。149.50まで下がった。ここでもう1ロット買えば、平均取得価格は149.75になる。149.75まで戻れば損益ゼロ。150.00まで待たなくていい。
——この考え方こそがナンピン(難平)だ。
一見すると合理的に見える。平均取得価格を下げれば、反転時の利益回復が早まる。しかしこの「合理性の錯覚」の裏側には、18世紀フランスのカジノで生まれ、数学者が「破産を証明した」戦略と全く同じ構造がある。
旧記事のタイトルは「ナンピントレードは善か?悪か?」だった。この問いに、数学・行動経済学・統計データの3つの視点から完全に回答する。
ナンピンの基本メカニズム
ナンピン(難平)とは、保有ポジションが含み損を抱えた際に、同じ方向に追加ポジションを建て、平均取得価格を有利に移動させる手法だ。
具体例:ドル円ロング(買い)の場合
| 操作 | 価格 | ロット数 | 平均取得価格 | 含み損(150pips逆行時) |
|---|---|---|---|---|
| 1回目買い | 150.00 | 1.0 | 150.00 | -1.5万円(1ロット分) |
| 2回目買い(ナンピン) | 149.00 | 1.0 | 149.50 | -1.0万円(2ロット分) |
| 3回目買い(ナンピン) | 148.00 | 1.0 | 149.00 | -3.0万円(3ロット分) |
平均取得価格は下がるが、合計のポジションサイズは3倍になっている。148.00からさらに100pips下落すると、損失は3ロット分×100pips=3万円。1ロットだけなら1万円で済んだ。
これがナンピンの本質的なジレンマだ。平均取得価格の改善と引き換えに、リスクが直線的に増大する。
マーチンゲール理論——ナンピンの数学的起源
18世紀フランスのカジノ戦略
ナンピンの原型はマーチンゲール(Martingale)と呼ばれる賭博戦略だ。18世紀フランスのカジノで広まり、ルールは極めて単純だった。
「負けたら賭け金を2倍にする。勝てば、それまでの負けを全て取り戻して元の賭け金分の利益が出る。」
ルーレットで赤に1ドル賭けて負けたら、次は2ドル。また負けたら4ドル。さらに負けたら8ドル。いずれ赤が出れば、累計の負け分+1ドルの利益が確定する——こう考えた賭博者たちは、この戦略を「絶対に勝てる方法」と信じた。
数学者による破産の証明
しかし、フランスの数学者Paul Pierre Lévyがこの戦略を確率論の枠組みに導入し、アメリカの数学者Joseph Leo Doobが数学的に決定的な結論を出した。
Doobの任意停止定理(Optional Stopping Theorem)から導かれる結論:
有限の資金でマーチンゲール戦略を実行した場合、破産確率は1(100%)に収束する。
これは確率論における「賭博者の破産問題(Gambler’s Ruin Problem)」として知られ、MIT、CMU等の確率論の講義で必ず扱われる定理だ。
なぜ100%破産するのか。理由は単純で、有限の資金には賭け金を倍にできる回数に上限があるからだ。資金が無限でない限り、いつか「倍にできない」ターンが来る。そしてそのターンで全てを失う。
FXへの適用——10回ナンピンで口座は壊滅する
マーチンゲールをFXのナンピンに置き換えると、指数関数的なリスク増大が具体的に見える。
1ロット=1万通貨、初回SLなし、100pips逆行ごとにナンピンする場合:
| 回数 | 追加ロット | 累計ロット | 累計リスク(さらに100pips逆行時) |
|---|---|---|---|
| 1回目 | 1 | 1 | 1万円 |
| 2回目 | 2 | 3 | 3万円 |
| 3回目 | 4 | 7 | 7万円 |
| 4回目 | 8 | 15 | 15万円 |
| 5回目 | 16 | 31 | 31万円 |
| 6回目 | 32 | 63 | 63万円 |
| 7回目 | 64 | 127 | 127万円 ← 100万円口座で破産 |
| 8回目 | 128 | 255 | 255万円 |
| 9回目 | 256 | 511 | 511万円 |
| 10回目 | 512 | 1,023 | 1,023万円 |
100万円の口座は、わずか7回のナンピンで破産する。
ドル円が700pips(7円)動くことは、数ヶ月から1年のスパンで見れば珍しくない。2022年の日銀為替介入では1日で500pips以上動いた。マーチンゲール型ナンピンは、こうした一方向トレンドが発生した瞬間に口座を消滅させる。
FXにおけるナンピンの3分類
全てのナンピンが同じではない。ロットの増加パターンによって3種類に分類できる。
①純粋マーチンゲール型(倍々ナンピン)
毎回ロットを2倍にする。1→2→4→8→16。上記テーブルの通り、7回で100万円口座が破綻する。最もリスクが高く、最も危険なナンピンだ。
EA(自動売買プログラム)でマーチンゲールEAとして販売されることがある。一定期間は利益を出すが、強いトレンドが発生した瞬間に口座残高がゼロになる。ForexTesterのバックテスト検証でも、2〜4年ごとに市場環境が変化し、マーチンゲールEAが壊滅的な損失を出すことが確認されている。
②等量ナンピン(イコールロット型)
毎回同じロット数を追加する。1→1→1→1→1。リスクの増大は線形(直線的)で、マーチンゲール型ほど急激ではない。しかし、5回ナンピンすれば5ロット。100pips逆行すれば5万円の損失。回数が増えるほどリスクは確実に増大する点はマーチンゲール型と同じだ。
③逓減ナンピン(計画的分割エントリー型)
追加ごとにロット数を減らす。2→1→0.5。合計3.5ロットで、最初のエントリーが最大。これは唯一、合理性がある可能性のあるナンピンだが、それは後述する「5つの条件」を全て満たす場合に限る。
ナンピンを「やめられない」4段階の心理メカニズム
ナンピンの数学的危険性は理解できても、実際のトレードでは「やめられない」。これは意志の弱さではなく、複数の認知バイアスが同時に作用するからだ。
第1段階:感応度逓減性がリスク追加を麻痺させる
プロスペクト理論の感応度逓減性により、含み損が大きくなるほど追加損失への感覚が鈍る。
-10pipsから-20pipsになる時の苦痛は激しいが、-80pipsから-90pipsになる時の追加の苦痛は小さい。この麻痺した状態で「ここで1ロット追加しても、心理的な痛みはそれほど変わらない」と感じ、ナンピンへの心理的ハードルが下がる。
第2段階:参照点依存性が「平均取得価格の改善」を魅力的に見せる
プロスペクト理論の参照点依存性が、ナンピンを「合理的」に見せかける。ナンピンによって平均取得価格(参照点)が有利な方向に移動すると、「あと少しで損益ゼロに戻れる」と感じる。しかし実際には、リスクは増大している。参照点の移動は心理的な錯覚であり、実際のリスクを変えない。
第3段階:サンクコスト効果が撤退を阻む
サンクコスト効果が「ここまでの含み損を無駄にしたくない」という執着を生み、損切り判断を歪める。「ここまで耐えたのだから、もう少しで戻るはず」——この思考がナンピンの追加投資を正当化する。
第4段階:エスカレーションが連鎖を生む
サンクコスト効果の結果として発生するコミットメントのエスカレーション(Staw, 1976)が、「1回ナンピンしたのだから、もう1回追加しないと前のナンピンが無駄になる」という連鎖を生む。ナンピン1回目→2回目→3回目と、各回のナンピンが次のナンピンのサンクコストになるナンピンのナンピン地獄が完成する。
この4段階が同時に作用するから、ナンピンは「知識としては危険だと分かっていても、実際にはやめられない」のだ。
ナンピンしたトレーダーの68%が初期リスクの2.8倍の損失——調査データ
LuxAlgo社が2025年に発表した5,000人のリテールFXトレーダー調査は、ナンピンの危険性を定量的に裏付けている。
主要データ:
- 損失ポジションにナンピンしたトレーダーの68%が、初期リスクの2.8倍の損失を被った
- ナンピンを含むサンクコスト効果に陥ったトレーダーは、そうでないトレーダーと比較して23%高い損失を記録
- FXトレーダーの40%がサンクコスト効果の罠に陥った
「2.8倍」という数字は極めて重要だ。1万円のリスクでエントリーしたトレードが、ナンピンによって2.8万円の損失に膨らむ。リスクリワード比1:2のトレードを2回連続で成功させても、ナンピン1回の損失で吹き飛ぶ計算になる。
ナンピンが「善」になる5つの条件
ここまでナンピンの「悪」を徹底的に論じた。では「善」は存在するのか。
結論から言えば、以下の5条件を全て満たす場合に限り、ナンピンは「計画的な分割エントリー」として合理的に機能する。
条件①:エントリー前に計画されている
ナンピンが「悪」になる最大の原因は、含み損への感情的反応として実行されることだ。「善」のナンピンは、エントリー前に「最大3回に分けてポジションを構築する」と書面で計画されている。含み損を見てから「もう1ロット追加しよう」と決めるのはナンピンであり、エントリー前に「149.00と148.00でも追加する」と決めているのは分割エントリーだ。
条件②:各回のポジションサイズが事前に決定している
「いくら追加するか」を含み損の大きさで決めるのは感情的ナンピン。事前に「1回目: 2ロット、2回目: 1ロット、3回目: 0.5ロット」と決めているのが計画的分割エントリー。逓減型(③の分類)が望ましい。
条件③:合計の最大損失額が口座資金の2〜3%以内
全てのナンピンが不成功に終わり、最終SLで損切りした場合の最大損失額が、口座資金の2〜3%以内に収まること。100万円口座なら、3回のナンピン全体の最大損失が2〜3万円以内。この制約を満たすには、各回のロットサイズを小さく設定する必要がある。
条件④:各回のエントリーに明確なテクニカル根拠がある
1回目: 日足のサポートライン到達。2回目: フィボナッチ61.8%リトレースメント到達。3回目: 週足のボリンジャーバンド-2σ到達。各回に独立したテクニカル根拠がなければ、それは「希望」に基づくナンピンだ。
条件⑤:最終的な損切りラインが固定されている
ギャン理論のルール16「一度入れた損切りをキャンセルしてはならない」。3回目のナンピン後に設定する最終SLは、絶対に動かさない。この最終防衛ラインがなければ、条件①〜④を全て満たしていても、4回目、5回目の「計画外のナンピン」が発生するリスクがある。損切りルールの設定方法はこちら。
5条件チェックリスト:
- □ エントリー前にナンピン回数と水準を書面で決定したか?
- □ 各回のロット数を事前に計算したか?
- □ 全ナンピン失敗時の最大損失が口座資金の2〜3%以内か?
- □ 各回のエントリーに独立したテクニカル根拠があるか?
- □ 最終SLを固定し、変更しないと決めたか?
5つ全てにチェックが入らないなら、そのナンピンは「悪」だ。
逆ナンピン(ピラミッディング)——勝ちに追加する正しい戦略
ナンピンが「負けポジションに追加する」戦略なら、その正反対がピラミッディング(Pyramiding)だ。利益が出ているポジションに追加するこの手法は、アンチマーチンゲール(Anti-Martingale / Reverse Martingale)戦略とも呼ばれる。
ナンピン vs ピラミッディング——6項目比較
| 項目 | ナンピン(マーチンゲール) | ピラミッディング(アンチマーチンゲール) |
|---|---|---|
| 追加タイミング | 含み損が拡大した時 | 含み益が拡大した時 |
| 平均取得価格 | エントリー方向に改善(有利) | エントリー方向に悪化(不利) |
| リスク変化 | 損失時にリスク増大 | 利益時にリスク増大 |
| 損失時の影響 | 全ポジションが含み損=大損失 | 初回ロットのみ損失=小損失 |
| 利益時の影響 | 1回の反転で損益ゼロに戻るだけ | 複利効果で利益が加速 |
| 心理的性質 | 恐怖に基づく(損失回避) | 確信に基づく(トレンド追従) |
この対比が示す核心は、ナンピンは「負け」に投資し、ピラミッディングは「勝ち」に投資するということだ。
ピラミッディングの具体例
ドル円ロングでピラミッディングを実行する場合:
| 操作 | 価格 | ロット | 平均取得価格 | 含み益 |
|---|---|---|---|---|
| 1回目買い | 150.00 | 1.0 | 150.00 | 0 |
| 追加買い(利益確認後) | 150.50 | 0.5 | 150.17 | +0.5万円 |
| 追加買い(利益加速時) | 151.00 | 0.25 | 150.29 | +1.81万円 |
注目すべきポイント:
- 追加ロットは逓減(1.0→0.5→0.25)。最初のポジションが最大。
- 平均取得価格は不利な方向に動くが、含み益は加速的に増大。
- 150.00まで戻っても、損失は追加ロットの含み損分のみ(初回ロットは損益ゼロ)。
- フラクタルの新高値更新を追加のテクニカル根拠にできる。
- トレイリングストップで利益を確保。
ピラミッディングの本質は「トレンドが正しいと確認されてから追加する」ことだ。ナンピンが「自分の予測が外れた時に追加する」のとは根本的に異なる。
ナンピンを防ぐ7つの実戦ルール
ルール①:エントリー時にSLを設定し、一切変更しない
SLが設定されていれば、そもそもナンピンの機会が発生しない。SLに到達した時点でポジションは自動的に決済される。ナンピンの第一歩は「SLを遠ざける」か「SLを設定しない」ことだ。SLを死守することが最大の防御策。
ルール②:「1トレード最大損失2%ルール」を厳守する
ポジションサイズを小さくすれば、含み損の金額も小さくなり、「追加して平均を下げたい」という衝動も弱まる。1トレードの最大損失を口座資金の2%に制限するルールは、ナンピンの心理的動機を根本から弱める。
ルール③:ナンピンしたい衝動が起きたらゼロベース思考を適用する
サンクコスト効果記事で解説したゼロベース思考をここでも適用する。「今ポジションがゼロだとして、この価格で買うか?」——答えがNoなら、追加ポジションではなく損切りが正解だ。
ルール④:トレード日誌に「ナンピン衝動」の欄を追加する
トレード中に「ナンピンしたい」と感じたら、その瞬間を日誌に記録する。含み損の額、経過時間、テクニカル状況を書き残す。2〜3ヶ月分のデータが溜まると、「自分がどういう場面でナンピンしたくなるか」のパターンが見えてくる。
ルール⑤:ナンピンEA・自動売買を使わない
マーチンゲールEAは一定期間利益を出すため魅力的に見えるが、バックテスト上で2〜4年ごとに壊滅的なドローダウンが確認されている。「EAだから感情が入らない」のではなく、「EAだから破産の計算を機械的に実行する」のが実態だ。
ルール⑥:ピラミッディングを練習する
デモトレードでピラミッディング(利益ポジションへの追加)を練習する。「勝ちに追加する」感覚を体で覚えると、「負けに追加する」ナンピンの不合理性が直感的に理解できるようになる。
ルール⑦:「ここまで耐えたのだから」と思ったら損切りする
サンクコスト効果の記事で述べた最も重要な一文を再掲する。「ここまで耐えたのだから」——この言葉が頭に浮かんだ瞬間、あなたはサンクコスト効果の支配下にある。 その瞬間にナンピンするのではなく、損切りボタンを押すべきだ。
まとめ——ナンピンは「善か悪か」への最終回答
ナンピンの「悪」の正体:
- マーチンゲール理論:18世紀フランス発祥、Doobが「有限資金での破産確率=1」を数学的に証明
- 7回の倍々ナンピンで100万円口座が破産する指数関数的リスク増大
- LuxAlgo社調査:ナンピンした68%のトレーダーが初期リスクの2.8倍の損失
- プロスペクト理論の感応度逓減性+参照点依存性+サンクコスト効果のエスカレーションが「やめられない」構造を作る
ナンピンが「善」になる唯一の条件:
- ①事前計画、②サイズ事前決定、③最大損失2〜3%以内、④テクニカル根拠、⑤最終SL固定——5条件全てを満たす場合のみ「計画的分割エントリー」として合理的
正しい代替策:
- ピラミッディング(逆ナンピン/アンチマーチンゲール) = 利益ポジションに追加
- 負けに投資するのではなく、勝ちに投資する
- トレンド追従の複利効果でリターンを最大化
最終結論: 「ナンピンは善か悪か?」——計画なきナンピンは、数学が証明した破産への道だ。 しかし5条件を全て満たす計画的分割エントリーと、勝ちに追加するピラミッディングは、プロトレーダーが実際に使う正統な戦略だ。問題はナンピンという手法そのものではなく、それが感情から生まれたか、計画から生まれたかだ。
参考文献
- Wikipedia: Martingale (probability theory) — マーチンゲール理論の歴史、Lévy/Doobの貢献 https://en.wikipedia.org/wiki/Martingale_(probability_theory)
- Wikipedia: Gambler’s Ruin — 賭博者の破産問題の数学的定式化 https://en.wikipedia.org/wiki/Gambler%27s_ruin
- Capital.com: Martingale Strategy and Averaging Down https://capital.com/en-int/analysis/the-martingale-approach-and-averaging-down
- LuxAlgo (2025): Sunk Cost Fallacy in Trading Explained https://www.luxalgo.com/blog/sunk-cost-fallacy-in-trading-explained/
- ForexTester: Forex Martingale Strategy Backtesting https://forextester.com/blog/forex-martingale-strategy/
- FXOpen: Martingale and Anti-Martingale Strategies https://fxopen.com/blog/en/martingale-and-anti-martingale-strategies-in-trading/
- Forexop: Martingale Trading System Overview https://forexop.com/martingale-trading-system-overview/
- Fortunly: The Martingale Strategy in Forex Trading https://fortunly.com/articles/martingale-strategy-forex/