チャートの表面だけを見ていると、大事なことを見落とす。
例えば、価格が上昇を続けている。ローソク足も移動平均線も強気。だが、その上昇を支えている買い圧力は本当に強いのか? それとも、大口のプレーヤーが裏で静かに売り抜けている(Distribution)最中なのか?
逆もある。価格が下落を続けている。誰もが弱気を確信している。だが、その下落の裏で大口が静かに仕込んでいる(Accumulation)としたら?
この「価格の裏側で起きている売買圧力の偏り」を可視化するのが、Accumulation/Distribution(A/Dライン)だ。Marc Chaikin(マーク・チャイキン)が1980年代に開発した出来高ベースのインジケーターで、株式分析の定番ツールとして30年以上使われている。
ただし、FXで使う場合には無視できない制約がある。FXには取引所集中型の出来高データが存在せず、ティックボリューム(価格変動回数)で代用するため、株式市場での精度をそのまま期待できない。この制約を正直に伝えた上で、FXでもA/Dラインが役立つ場面と、具体的な使い方を解説する。
A/Dラインとは?|「終値がレンジ内のどこで閉じたか」に着目する
A/Dラインの核心は一つの問いに集約される。「その足の終値は、高値〜安値のレンジのどこで閉じたか?」
レンジの上半分で閉じた=買い圧力が優勢(Accumulation)。レンジの下半分で閉じた=売り圧力が優勢(Distribution)。この判定に出来高を掛け合わせ、累積していくのがA/Dラインだ。
計算は3つのステップで行われる。
ステップ1:マネーフローマルチプライヤー(MFM)を求める。
MFM = ((終値 − 安値) − (高値 − 終値)) ÷ (高値 − 安値)
この値は−1から+1の範囲をとる。終値が高値と一致すれば+1、安値と一致すれば−1、レンジのちょうど中央なら0になる。
ステップ2:マネーフローボリューム(MFV)を求める。
MFV = MFM × 出来高
MFMに出来高を掛けることで、「買い圧力が優勢な足ほど、出来高が大きいほど、A/Dラインへの影響が大きくなる」仕組みになる。
ステップ3:累積する。
A/D(現在の足)= A/D(前の足)+ MFV(現在の足)
A/Dラインは累積値であり、RSIのように0〜100の範囲で振動するわけではない。上がり続けることも下がり続けることもある。重要なのはA/Dラインの絶対値ではなく、方向(上昇しているか下降しているか)だ。
→ テクニカル分析全般の基礎は「FXチャート分析入門」で体系的に学べる。
A/DラインとOBVの違い|「足の中身を見るか、前日比だけを見るか」
A/Dラインとよく比較されるのがOBV(On-Balance Volume)だ。どちらも出来高ベースの累積インジケーターだが、決定的な違いがある。
OBVは単純だ。終値が前の足より高ければその足の出来高を加算し、低ければ減算する。「上がったか下がったか」の二択。足の中で何が起きたかは考慮しない。
A/Dラインは足の内部を見る。終値がレンジ内のどこで閉じたかを−1〜+1の重みとして出来高に掛ける。同じ陽線でも、長い上ヒゲをつけてレンジ下半分で引けた足と、ヒゲなしで高値圏で引けた足では、A/Dラインへの影響が全く異なる。
具体例で考える。ある足が大きく窓を開けて下落し、前日終値より大幅に安く引けたとする。OBVはこの足の出来高を全額減算する。しかし、その足のレンジ内で見ると終値が高値に近い位置だった場合、A/Dラインは上昇する。窓開けの下落にもかかわらず、足の中では買い圧力が勝っていたことを示す。
まとめると、A/DラインはOBVより「ローソク足内部の攻防」を精密に反映する。ただしOBVの方がシンプルで直感的に解釈しやすいというメリットもある。どちらが優れているかではなく、見ているものが違う。
FXでA/Dラインを使う際の最大の注意点|ティックボリューム問題
ここが最も重要なセクションだ。A/DラインをFXで使うなら、この制約を必ず理解しておく必要がある。
A/Dラインは出来高データの「質」に依存する。株式市場では取引所が実際の売買金額(実出来高)を報告するため、A/Dラインの計算は正確だ。しかし、FXは分散型市場であり、全体の出来高データが存在しない。
MT4/MT5で表示される「Volume」はティックボリュームだ。これは「その時間足の中で価格が何回変動したか」を数えたものであり、実際の取引金額とは異なる。ティックボリュームと実出来高には一定の相関があるとする研究もあるが、完全には一致しない。
この制約がA/Dラインにどう影響するか。出来高の質が低い(実際の売買金額を反映していない)場合、MFMに掛け合わせるボリュームの精度が下がり、A/Dラインの信頼性も低下する。特にマイナー通貨ペアや流動性の低い時間帯では、ティックボリュームの歪みが大きくなる。
FXでA/Dラインの精度を高める方法:
第一に、EUR/USD、USD/JPY、GBP/USDなどメジャー通貨ペアで使う。流動性が高いほどティックボリュームと実出来高の相関が高い。
第二に、通貨先物(CMEのユーロ先物、円先物など)の出来高データを参照する。先物市場には取引所の実出来高が存在する。先物チャートのA/Dラインを見て、スポットFXのチャートに分析結果を適用する方法は、Marc Chaikin自身も推奨している。
第三に、A/Dラインの絶対値ではなく「方向」と「ダイバージェンス」に集中する。ティックボリュームの精度が低くても、A/Dラインの方向(上昇/下降)とダイバージェンス(価格との乖離)は相対的に信頼性が保たれる。
MT4・TradingViewでの表示方法
MT4/MT5の場合: 上部メニューから「挿入」→「インディケータ」→「ボリューム」→「Accumulation/Distribution」を選択。パラメーター設定はなく、色の変更のみ。チャート下部のサブウィンドウにA/Dラインが表示される。MT4/MT5ではA/Dは「ボリューム」カテゴリに分類されている。
→ MT4を提供しているFX会社については「MT4が使えるFX会社ガイド」で紹介している。
TradingViewの場合: チャート上部の「インジケーター」をクリックし、「Accumulation/Distribution」と検索。TradingView標準のA/Dインジケーターを選択する。
A/Dラインの実戦手法3選
手法①:トレンド確認(A/Dラインと価格が同方向)
最もシンプルな使い方。価格が上昇していて、A/Dラインも上昇しているなら、上昇トレンドは出来高に裏付けられている。逆に、価格が下落していてA/Dラインも下落しているなら、下降トレンドの信頼性が高い。
この確認が重要な理由は「出来高を伴わない値動きは長続きしない」という相場の原則にある。価格だけが上がってA/Dラインが横ばいなら、その上昇は薄い出来高で支えられており、いつ崩れてもおかしくない。
手法②:ダイバージェンス(A/Dラインと価格が逆方向)
A/Dラインの最大の武器。価格とA/Dラインの方向が乖離したとき、トレンド転換の前兆として機能する。
強気ダイバージェンス: 価格が安値を更新しているのに、A/Dラインが安値を切り上げている。価格は下がっているが、足の中身を見ると終値がレンジの上半分で閉じる頻度が増えている。つまり、大口が安値圏で静かに買い集めている(Accumulation)兆候。
弱気ダイバージェンス: 価格が高値を更新しているのに、A/Dラインが高値を切り下げている。価格は上がっているが、足の中身を見ると終値がレンジの下半分で閉じる頻度が増えている。つまり、大口が高値圏で静かに売り抜けている(Distribution)兆候。
ダイバージェンスは「転換の前兆」であって「転換そのもの」ではない。ダイバージェンスを確認した後、実際のエントリーはプライスアクション(サポート割れ/レジスタンス突破)や他のインジケーター(RSIの70/30到達、移動平均線の交差など)で判断する。
→ RSIでのダイバージェンス確認は「RSI・MACDの使い方」を参照。
手法③:ブレイクアウト確認
価格がレジスタンスラインを突破したとき、A/Dラインも同時にレジスタンスを突破しているかどうかを確認する。
A/Dラインにもトレンドラインやレジスタンスが形成される。価格チャートでブレイクアウトが発生し、かつA/Dラインでも同等のブレイクアウトが発生していれば、そのブレイクアウトは出来高に裏付けられていると判断できる。
逆に、価格はレジスタンスを突破したがA/Dラインは停滞している場合、偽のブレイクアウト(フェイクアウト)の可能性が高い。出来高の裏付けがない上抜けは持続しにくい。
→ 損切りの位置決めは「損切りルールの作り方」を参照。
A/Dラインの3つの注意点
注意点①:FXのティックボリューム問題(最重要)。 繰り返しになるが、FXではA/Dラインの計算に使われるのはティックボリュームであり、実出来高ではない。メジャー通貨ペアでは一定の信頼性があるが、マイナーペアやエキゾチックペアでは精度が大幅に低下する。A/Dラインを過信せず、あくまで「補助的な確認ツール」として使うのがFXでの正しい位置づけだ。
注意点②:ギャップ(窓)を考慮しない計算方法。 A/Dラインは足のレンジ内での終値位置しか見ず、前の足からの変動(ギャップ)を無視する。月曜の窓開け下落で大きく下がっても、その足のレンジ内で上半分で引けたらA/Dは上昇する。これはA/Dの設計上の特徴であり、OBVとは逆の挙動を示す場面がある。この特徴を理解した上で使う必要がある。
注意点③:A/D単体でのトレードは非推奨。 A/Dラインは売買シグナルを明確に出すインジケーターではない。「出来高の流れ」を可視化する分析補助ツールであり、トレンド確認・ダイバージェンス・ブレイクアウト確認のいずれも、他のインジケーターやプライスアクションと組み合わせて初めて実戦に使える。
→ 移動平均線でトレンドを確認する方法は「移動平均線の見方と使い方」を参照。
よくある質問(FAQ)
Q. Accumulation/DistributionとOBVの違いは?
A. OBVは終値が前日より高いか低いかだけで出来高を加減算する。A/Dラインは終値がその足のレンジのどこで閉じたかを考慮し、位置に応じた重みをつける。A/Dの方が足内部の攻防を精密に反映するが、OBVの方がシンプルで直感的。
Q. FXでA/Dラインを使う際の注意点は?
A. FXには取引所集中型の出来高がなく、ティックボリュームで代用するため精度に限界がある。メジャー通貨ペアで使う、通貨先物の出来高を参照する、方向とダイバージェンスに集中する、の3点で信頼性を高められる。
Q. A/Dラインのダイバージェンスとは?
A. 価格とA/Dラインの方向が乖離する現象。価格が高値更新中にA/Dが下降→弱気ダイバージェンス(売り圧力増加)。価格が安値更新中にA/Dが上昇→強気ダイバージェンス(買い圧力増加)。
Q. A/Dラインにパラメーター設定はありますか?
A. いいえ。調整可能なパラメーターはなく、計算は自動。誰が見ても同じラインが表示される。分析しやすくするためにA/Dライン上にSMAやEMAを重ねるトレーダーもいる。
Q. A/DラインはMT4・TradingViewに標準搭載ですか?
A. はい。MT4/MT5では「挿入→インディケータ→ボリューム→Accumulation/Distribution」、TradingViewでは検索から表示可能。ダウンロード不要。
まとめ|A/Dラインは「補助ツール」として真価を発揮する
ステップ1:メジャー通貨ペアの日足にA/Dラインを表示する。 EUR/USDの日足チャートにA/Dラインを追加し、価格が上昇している期間にA/Dも上昇しているか、下降している期間にA/Dも下降しているかを確認しよう。多くの場合は同方向に動くが、稀に乖離が発生する。その乖離がダイバージェンスだ。
ステップ2:過去チャートでダイバージェンスを10個見つける。 日足を半年〜1年分遡り、価格が高値を更新しているのにA/Dラインが高値を切り下げている箇所を探す。その後に何が起きたかを確認する。ダイバージェンスの後に必ず反転するわけではないが、出現頻度と的中率の感覚を体で覚えることが重要だ。
ステップ3:デモトレードでRSIと組み合わせて実践する。 A/Dラインのダイバージェンスを確認し、RSIが70以上(売りダイバージェンス時)または30以下(買いダイバージェンス時)で合流したらエントリー。まずはリスクゼロの環境で体感しよう。→ FXデモトレード(無料・口座開設不要)
A/Dラインは地味なインジケーターだ。RSIやMACDのように明確なシグナルを出すわけではなく、ボリンジャーバンドのようにチャート上に派手なバンドを描くわけでもない。しかし、「価格だけでは見えない売買圧力の偏り」を教えてくれる唯一無二の視点を持っている。
特にFXでは、ティックボリュームの制約を理解した上で「補助ツール」として使う割り切りが大切だ。A/Dラインを主役にするのではなく、トレンド判断やダイバージェンスの「裏付け」として脇に添える。この使い方ができれば、チャート分析の奥行きが一段深くなる。